あんまりひとのこと心配するのはある意味失礼です。

「あなたのことを心配してますよ」ってメッセージは一見、優しそうだし、思いやりありそうだし、つまり発しても問題がないメッセージだと一般的に思われてますよね、きっと。

でもね、それって時や場合や頻度や相手に寄っては、けっこう失礼になり得る行為です。

よく「せっかくオレが(わたしが)心配して言ってあげてるのに!」って怒ってる人いるけど、その人たちは心配することの失礼な側面に気が付いた方がいい。

信頼してたら、そんなに心配しないでしょ?

かくいうわたしも、けっこうな心配性です。いや、相当な心配性です。そんでもってその心配を自分の胸にしまっておけなくて相手に言ってしまってた。つい最近まで。

今まで、たくさんの人相手に失礼なことをしていたな~と反省してます。(今もうっかりしちゃってるし。)

まずね。相手が一人前の大人なら、「何か対応すべき心配な状態」かどうかは基本的には本人が判断できるはずなんです。

「基本的には」と書いたのは、もちろん例外はあって、鬱状態とかになっていてまともな判断が出来ない時はあり得ます。

極端に責任感に囚われていたりね。

そういう時に、ストップをかけるのは必要なおせっかいだと私もおもいます。

だけど、そうでもない時に、あまりにも「大丈夫?ほんとに無理してない?心配だわ~」とか言い続けるのって、「あんた、自分で自分のコントロールできないし、自分を客観視できないでしょ?だからあたしが言ってあげてるのよ」って意味にとれる訳ですよ。

言われた方はさ、「いやいや、無理かどうかは自分でわかるから。しつこく言わないで!」って思っちゃう。それは、ある意味当然です。

相手の事を一人前の人間だと認識していたら、少なくともしつこくなんども「心配心配」と連呼することはないでしょ?それ言ってる時点で、「私はあなたのことイマイチ信用してないわ~」って言ってるようなもんですよ。そう言われて嬉しい人いないよね。

相手が子どもだって同じです

でね、今「一人前の人間」と書いたけれど、相手が子どもでも、本人が自分で出来ると思っていることをやろうとしてる時に「心配心配」言えば、そういうメッセージが伝わる訳です。

自分の能力を信じて行動しようとしてる子に対して、「心配」をさも分別ある大人の親切心だ、みたいな顔で振りかざすのは、「お前はそんな行動できるような力はないんだぞ。少なくと俺は(私は)あなたが出来ると思ってないからね。」の意と捉えられてもしょうがない。

それ言われて反発するのは当たり前じゃん?反発しない方が、むしろ「心配」だよ。

(みんな自尊心育って欲しいでしょ?自発的な行動とかして欲しいでしょ?子どもに。だからつまりは望ましい行動をしようとしてるんですよ、その子は。実際、何の挑戦もしないで人が育っていくなんてあり得ないんだし。)

これが大人だったら(そしてある程度の距離がある関係性なら)「うざいな」と心で思いながらも「ご心配ありがとうございます。無理だと思えばご相談させていただきますね。(ニッコリ)」みたいな対応をするだろうけど、それを、「子ども」と呼ばれる年齢の人に「大人」と呼ばれる立場の人が求めるのも、どうなの?って気がします。

だから、相手が子どもであろうと大人であろうとさ、あまりに「心配~大丈夫?」っていうのは失礼な行為だよね。

言われて嬉しい人もいるだろうけれども、少なくとも「自分の心配を相手に伝える行為」には「相手を信用していない」という失礼なメッセージが含まれ得るって事は、もっと一般的に知られて欲しい。(こういうことこそ、学校で教えたらいいのに。)

心配は、「心配する人」の問題

ちなみに、「心配する行為」は、その「心配している人」側の問題だからね。「心配すること」と「心配していると相手に伝えること」は、別のことです。

あくまで自分の問題である「心配」を(いわば心にしまっておくのに耐えかねて)相手に伝えて、それに感謝してもらえるはず、だと思うなんてちょっとどうかと思うよ。「心配してくれてありがとう」と感謝してもらえたとしたら、それは、相手が大きい、ってことです。

そんですべての人が「大きい人間」であるべきでもないんだから、それを期待するのは違うよね。

「心配」でひとをコントロールするのは最悪

さらに、心配だからって相手の行為をやめさせようとするのはさ、「あたしの心をざわつかせない為にあなたの行動を変えてちょうだい!」ってことで、いい人を装ったコントロールです。

(そしてたいていの場合、「心配心配」言う人は、これ派。胸にしまっておかないってことはつまり、相手に行動を変えて欲しいからだもん。あたしも結局そうだった。猛省。)

命令と違って明らかに強制チックじゃないだけタチが悪い。

「そんなに心配させちゃ悪いな」とか思わせて、罪悪感もたせるみたいなこと、世の中にたくさんあるでしょ。

子どもにこれやると「毒親」まっしぐら。

心配病からの卒業=自律

あー、20年くらい前にタイムスリップしてかつての自分に、これ読ませてやりたいわ。

「自律」っていうのは、つまり、こういうことを理解して行動するってことだと思うんです。だから、成人前後で身に着けておきたいよね、ほんとは。

でもたぶん日本で、こういう話が通じる人は少ない。

かくいうあたしもそうだった訳で。

だから、気が付いた人から行動にうつしたらいいよね。自立の前に大事なのは自律なんだよなぁ。

コメント